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2016年12月

なぜ?を考えるクリスマス

今年も1週間切りました。

 

年末年始は忘年会、クリスマス、お正月、新年会・・・と何かと行事が多い時期です。

 

クリスマスと言えば、どのような習慣があるでしょうか?

 

家族や友人達とチキンやピザを食べて、最後にケーキを食べる

イメージが強いのではないかと思います。

 

私も子供の時からこの時期だけ、KFCをテイクアウトして食べていました。

普段は買う習慣がなくても、年1回の行事で一番楽しみにしていた・・・

 

しかし、考えたことがあるでしょうか。

日本人は、なぜクリスマスの時期にKFCを食べるのか?

なぜチキンを食べるのか?そこは、手巻き寿司じゃないのか??

 

各国、それぞれの文化があり独自に発展しています。

 

行事やイベントに参加することは楽しいので、毎年恒例になって当たり前になっているが、

振り返ると、雰囲気に流されてしまっていることが多いのではないか、と思います。

 

物事には背景や理由があると思います。習慣や文化もそうですが、

仕事でも、知らなかったことを知っていくことで変化していくと思います。

 

どのような分野でも良い、全方位にアンテナを張って

「アハ体験」を増やしていくことで変化していく2017年にします!

 

*御堂筋沿いのイルミネーションも綺麗ですが、

大阪オフィスから西にまっすぐ進んだ堂島の川沿いも神秘的でした。

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 R.F

真っ赤なウソ

 『♪どうにもならない恋なのさ 酔ったはずみで抱いた時

  うっかり好きだと囁いて 目覚めた朝に青ざめた』

 

作詞作曲は、元アルフィーの高見沢氏。1987年、明石家さんま氏の楽曲である。

当時、さんま氏のファンであった私は、お世辞にも歌がうまいとは言えない

氏のレコードを買っていたので、この曲のジャケットも記憶している。

 

嘘、の定義とは、と、思い、調べてみた。

というのも、この一年半、何て嘘が多い国なんだろうと思いながら、過ごしてきたからだ。

すると、嘘、という言葉の意味は、私が思っていたのとは異なっていた。

 

これまで、嘘、とは、『事実』と『言った事、書いた事、など、表現したこと』が

異なっている場合を指すものだと思っていた。

1と言ったのに、0だった、というケースが嘘なのだ、と。

上述の歌詞にあるように、好きでもないのに、好きだと言った、というケースが、

嘘だと定義されるものなのだ、と。

 

しかし、色々、調べたところ、嘘には、少なくとも二種類の定義があり、

1つは、私が考えていた通り、虚偽のコメント、事実と異なること。

もう一つは、人を欺く意図があってのコメント、事実かどうかの線引きよりも、

どういう意図をもっていてのコメントの線引き、とのことであった。

 

これまで考えてきた1つ目の定義での嘘を、2つ目の定義に当てはめて、考えていくと、

いかに自分が不必要に他人を嘘つきだと思ってきたのかが分かる。

ここベトナムの人たちは、欺くつもり、というよりは、

その場の衝突を避けるためだけに、悪意を持たずに、事実と異なる、

もしくは、事実かどうか未確定なコメントをする傾向がある。

つまり、それは嘘では無く、『テキトー』なだけだ。

『テキトー』というのですら、あくまでも筆者の価値観での判断であり、

彼らから見れば、人間が一緒に仲良く生きていくために必要な、距離感であり、

気遣いであるのかもしれない。

 

時として、人は、曖昧模糊な中で、妥協点を見出そうとし、

不明確にすることを最上とする傾向がある。

船場言葉での『考えさせて貰いまっさ』は、その最たるものであろう。

そんなことない、全てが明確な方が良い、という方は、次のケースを考えてほしい。

時速1km/hオーバーは、立派な法律違反であるにも関わらず、

1km/hくらいいいじゃない、と、思う人がほとんどであろうし、少なくとも、

自身や身内のそれを取り締まってほしい、と思う人は少ないはずである。

明確である方が良い事案と、不明確に出来る事案の線引きは、

極論すれば、個人の物差しでしかなく、自分がその物差しを振りかざす以上、

他人の物差しにケチをつけることは出来ない。

 

そういう目で見れば、どれが真実で、どれが『テキトー』か、

それを如何に見抜き、確認するか、が、仕事を前向きに進める秘訣となってくる。

まさか、お客様に、

『いや、違うんです。当時、※※がそう言ったから、私はそのまま伝えただけです』

とは言えない。

それを言った瞬間に、会社の存在価値も自身の存在価値も無くなってしまう。

そして、相手は、欺く意図を持たずに、自分に良かれと思って、

誤った、もしくは、不確定な情報をくれている。これからのベトナムライフにおいて、

最優先の課題はその『嘘』ではないコメントに対する判断力なのかもしれない。

 

上記文中で、『テキトー』という単語を使用したが、適当、とは少し異なる。

「適当にしておいて」は、本来は、的を射たやり方、

つまり、Just Correctな行動を意味していたが、

時代と共に、意味を変えてきているように思う。

そのため、『適当』と書くには、違和感があり、『テキトー』とカタカナにした。

つまり、もともと、単語として、熟語として、意味を持っている言葉でも、

カタカナにするなどして、意味を少し変化させることが出来るのは、

日本語の持つ良いところであるかと思う。

 

そういえば、首記の『真っ赤なウソ』、も、『嘘』ではなく、『ウソ』となっていた。

欺く意図があっての『好き』なのかどうかは、1989年、すでに時効でもあり、

今回は追求しないことにしよう。

 

※ブログにての歌詞の引用は、上記のようなケースでは、著作権上問題ないことを確認しております。

 

※このブログの掲載される日の翌日、『逃げるは恥だが役に立つ』の最終回がある。

 平匡さんの就職については、シャープ様に負けず、NTWVNも応募をお待ち申し上げたい。

 

 Y.S

NTWとしてのイノベーション

12/9は子供の発表会でした。お休みをいただき見に行ってきました。

 

子供の通っている保育園は、公立保育園です。幼稚園や私立の保育園と比較すると、

建物も使用しているおもちゃも質素なものが多く、華やかな印象はありません。

当然発表会も手作り感満載です。が、先生方の力で、例えお金をかけなくても、

工夫して素敵なものに出来ると、実感させられます。

 

今年は人間を演じた息子は、昨年「ぽんたの自動販売機」という演目で猿を演じました。

彼の衣装は、紙で作った耳がついた帽子とベストと尻尾でした。

尻尾は何で作ったのか、リアルでかわいく、

帽子は持って帰って来たのに尻尾は持って帰って来なかったので、

ほしかったー!と心の中で叫んでしまうくらいでした(今年のお猿さん役で再使用していました)。

ライオン役のお友達もいましたが、そのライオンのお面が、とても素晴らしい出来でした。

なぜわが子はライオン役ではないのか?

あんなに素敵なお面なのに!と1年経った今でも思います。

恐らく毛糸でたてがみを作っていたのだと思いますが、

限りある材料で、あんなにも子供に似あうお面を作ってしまうことに脱帽です。

 

NTWでは今年に入ってから、「NTWとしてのイノベーション」がよく話題になっています。

今ある“現場商社“と言うプラットフォームに、何かを足すこと、

もしくは必要とされる場所へ導入することで創れるはずの「NTWとしてのイノベーション」。

考えて工夫して素敵な物を作ってくれた保育園の先生方を見て、

私もやわらかい頭ではありませんが、

「NTWとしてのイノベーション」の案が出せるようにしたいな、と思いました。

 

A.S

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